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福岡高等裁判所 昭和41年(く)16号 決定 1966年4月28日

被告人 小柳利一

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する傷害被告事件について昭和四一年四月二一日長崎地方裁判所がした保釈の請求を却下する決定に対し、該請求をした弁護人栗原賢太郎から抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、

被告人は佐田和秀と共謀の上昭和四一年二月四日午前一時三〇分頃長崎市船大工町七五番地附近路上において通行中の山田京子(当時二四年)をからかい下腹部を手で殴打したが、同女が反抗的態度をとつたので、その腹部を足蹴りし更に同女から頭部等を草履で殴打されたため憤激し、同町一二番地附近露路に連れ込み同所において同女の顔面を手拳で殴打した上引き倒して顔面を足蹴りし因つて同女に対し加療約一週間を要する右眼窩下部挫創等の傷害を負わせたものであるとの公訴事実について昭和四一年二月一九日長崎地方裁判所に起訴され勾留中のところ、同裁判所昭和四一年四月一九日の第一回公判期日終了後即日弁護人は同裁判所に被告人の保釈を請求したが、同裁判所は同月二一日被告人が常習として長期三年以上の懲役にあたる罪を犯し、かつ被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる充分な理由があるとして右保釈の請求を却下する決定をした。

しかし、被告人は第一回公判期日においては相被告人佐田和秀と共に全面的に右公訴事実を認めて争わず検察官申請の証拠の取調も全部終り、あとは情状に関する証人の取調が残つているだけであり、事案も極めて単純軽微であって、罪証隠滅のおそれもなければ事件の審判に必要な知識を有すると認められる者の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる理由もない。被告人は右のような行為をする意思はなく、またそのような行為をしなければならない必要もなければそうする実益もない。そして被告人は前に二回暴行により処罰を受けているが常習の認定をなすべき程度の前歴ではなく、かりに常習性の認定可能としても保釈許可の妨げとなるものではない。しかも被告人は第一回公判期日までにすでに二ヶ月半の長期間勾留されており勾留による拘禁が不当に長くなつたのであるから保釈を許すべきである。しかも、被告人は耳の疾患で苦しみ、その病状は拘置所では治療不可能にしてこのまま放置するときは悪化する一方であるからすみやかに保釈きるべきである。よつて前記決定を取り消し相当の裁判を求める。

というのである。

よつて按ずるに、本件記録によると被告人が右のとおりの公訴事実につき勾留のまま起訴され、昭和四一年四月一九日の原審第一回公判期日において右公訴事実を認めたこと、共犯者たる佐田和秀も同様であつたこと、そして直ちに検察官が取調を請求した証拠は全部取調べられ、次回は弁護人申請の情状に関する証人として被告人及び相被告人佐田和秀のそれぞれの実父が喚問されることになつていることが明らかである。

ところで被告人の司法警察員に対する供述調書並びに検察事務官作成の被告人の前科調書によると、被告人は(一)昭和三九年一〇月二〇日長崎簡易裁判所において道路交通法違反(無免許運転)暴行罪により罰金一〇、〇〇〇円、(二)同年一二月一日同裁判所において匕首の不法所持による銃砲刀剣類等所持取締法違反罪により罰金五、〇〇〇円、(三)昭和四〇年七月一四日長崎地方裁判所において銃砲刀剣類等所持取締法違類、暴行罪(この暴行は婦女に対するもの)により懲役三月と懲役六月但しいずれも三年間執行猶予、保護観察に処せられた前歴の外、(四)昭和三九年長崎市船大工町でバーの女に対する暴行により起訴猶予処分を受けたことが認められる。しかし、右の各罪のうち長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪は(二)の匕首所持の銃砲刀剣類等所持取締法違反罪だけであり(三)の罪のうち銃砲刀剣類等所持取締法違反罪が同法のどの罰条にあたる罪か記録上明らかでない。その他の罪はいずれも長期三年未満の懲役以下の刑にあたる罪であるから、本件傷害罪を犯す以前に被告人が犯した長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪は右(二)の罪だけということになる。しかし、刑事訴訟法第八九条第三号にいう常習として長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したとは、その罪に常習性が構成要件にとりいれられている場合は勿論その外にその罪について常習性が認められる場合もこれにあたることは論をまたない。そして常習性とは犯罪の反覆によつて表現される行為者の犯罪への傾向をいうのであり、しかもこれは必ずしも同一構成要件の範囲に限らないと同時に、単に前科があるというだけでは常習と判断することはできず各罪との関連性特に罪質の類似性を検討し、これを足がかりにして、さらに科学的見地から個々の犯罪者について具体的個別的に判断されねばならない。そこでこれを本件について考えてみると、なるほど被告人が本件犯行前に犯した長期三年以上の懲役にあたる罪は前記(二)の罪だけであるが、本件傷害罪とは罪質は異つていていかにもこれをもつてしては本件傷害罪が常習としてなされたものとするには不相当であるけれども、傷害罪はもともと故意犯として犯される場合は少くむしろ暴行の結果的加重犯として惹起されることが多いのであるから、当該傷害罪が常習として犯されたかどうかについてはむしろ暴行罪の反覆累行がその判断の資料となると考えるべきである。それで被告人には本件と同種の婦女に対する暴行の前歴があること前示のとおりであり被告人が世間からとかくの批判を受けているいわゆる佐竹派の一員に属し定職を有しないで風俗射倖営業の巷を徘徊するという環境、日頃の行動等を参酌するときは被告人の犯した本件傷害は単に一回性のものとして惹起されたものではなく優に常習性のあるものと断定できるのであつて、被告人が長期三年以上の懲役にあたる傷害罪を常習として犯したものと認定したのは相当である。

そしてまた本件は些細なことらか酔つたバーホステスに手を出し反抗されたからといつて男子二名で人のとめるのもきかず殴る引き倒す蹴るなど執拗な暴力行為に出て婦女子の大切な顔面に傷を与えた事件であつて婦女子に対する傷害として特異な事件であるばかりでなく、被告人らは遊人だというような意味のことをいいながら暴行に及んだことも記録に現われており、被告人の事件についての供述も必ずしも一貫せず公判廷における自白も被告事件についての陳述として述べられたもので具体的詳細な供述がなされたものではないから、前記被告人の出入する環境、本件事件の行為態様言動からみて、将来審理次第では被告人を保釈すると被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者の身体財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為がなされると疑うに相当な理由があるものと認められる。而して、刑事訴訟法第八九条によると被告人が被害者その他同条第五号所定の者に対し同号所定の行為をすると疑うに足りる相当な理由があるときは権利としての保釈は認められないことを規定しており右のような行為のなされる疑いの程度は相当の理由があればよいことが明らかである。原決定はすでにこの程度を超えたもつと蓋然性の強い充分な理由があると判断しているのであるから原決定には少くとも右の行為をすると疑うに足りる相当な理由があることはその判断の内容として当然に認めていたものと推認できるので、原決定はあながち違法ということはできない。

所論は更に本件被告人の勾留は不当に長期間にわたつてなされているという。記録によると、被告人が昭和四一年二月四日現行犯として逮捕され同月七日勾留、勾留延長があつて同月一九日起訴され昭和四一年四月一九日第一回公判期日が開かれるまで引き続き勾留されていたことは明らかである。そして裁判官の交替のため第一回公判期日として予定されていた同年三月二九日が変更されたという気の毒な事情も加つたが、弁護人は特にこの期日変更に異議は述べていないし、また本件事件の内容程度審理期間からみて右の程度の勾留期間ではまだ勾留が不当に長期化したとはいいえない。次に被告人に罪証隠滅のおそれがないとの所論は原決定が罪証隠滅を疑うに足りる相当の理由があるとして保釈の請求を却下したものでないこと明白である以上肯綮に当らない。

その他被告人の年令、境遇、前歴、犯罪の情状その他被告人が専問医の診断によると両側の慢性中耳炎に罹患し手術の要はあると思料されるが、被告人を勾留している浦上刑務支所では設備その他の関係から手術が出来難い状況にあることは認められるにしても、被告人の主訴は難聴であって緊急に手術の必要があるとの資料もないことなど諸般の事情を考慮するときは裁量による保釈も相当でないと認められる。原決定が弁護人の本件保釈の請求を却下したことはまことに相当であり、記録を精査してもこれを不当とする理由は発見できない。

よつて、本件抗告は理由がないので刑事訴訟法第四二六条第一項により本件抗告を棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 岡林次郎 山本茂 生田謙二)

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